一日中まったく不安感も感じないで、誰の目を気にすることもなく、
わたしにもいつかは「あ~、楽しかった」と思える日が来るのかなあ?
と子供の頃から思い続けてるんだけど、その「いつか」はいまだやってこないまま、私の人生もすでに半分以上が終わってしまったかもしれない。
いつもわたしの心の中は不安感に支配されていて、周囲の反応に怯えながら周りに自分を合わせることに細心の注意を払っている。
結局のところ、私には自分本体は存在していなくて、かぶっている分厚いネコの皮だけが、周りに合わせて調子よく活動しているような感じだ。
自分の存在価値が感じられず、子供の頃はいつもいつも母親に
「ほんとうにわたしが生まれて良かったと思ってるか?」
「わたしがいなくなったら淋しいと思うか?」
と何度も何度も確認していた。
これは小学生のころから大学生の頃まで続いた。
母親からの愛情は感じたことがなかった。というよりも、ひょっとしたら、愛情を注ごうとしていたのかもしれないけど、わたしにそれを受け止める能力がなかったのかもしれない。
そして口癖のように
「わたしのような子供が生まれたらかわいそうだから、子供は生まない」
といつも言っていたのは小学生の頃。
そんな私が生きているのは、まだ死んでないからだ。
特に楽しいともうれしいとも感じることもない面白みのない生活をしながら、とりあえず呼吸をすることを続け、きょうもネコの皮を背負った生活が続いている。