車を運転する

私が難しいなと思うものはいろいろとあるけれど、車の運転は特に苦手だ。何が苦手って、進む方向を確認しながら、信号を見ながら、前後左右に注意を向け、他の車や物には当たらないように、もちろん人やバイクや自転車とも接触しないように気をつけつつ、標識や行き先表示を見たりしながら自分は交通ルールを守って走らなくてはならないなんて、そんないっぱいのことに私は意識を振り分けられない。もちろん、違反じゃなくたって、携帯電話で電話しながら運転するなんて絶対不可能だし、音楽をかけながらですら気が散って運転できない。
知らない土地に長時間ドライブすることは絶対に無謀なので諦めているが、決して運転自体が下手でしょうがないというわけでもないので、家の近所のよく知った道だったら乗れないわけでもない。ただしそのためには、運転しながらやることを極力減らさなくてはならない。
そこでまず、目的地に向かって走りやすい道を決めてしまう。そうすると、その場で進む方向を考える作業が減る。道が決まれば、信号の数も決まり、交差点の数も決まる。交差点での右折や左折のレーンがどうなっているか、どこにどんな標識があるかなどは、覚えてしまえばいい。そうすると、あとは信号を守って、とにかく他の物に当たらないように気をつけて、スピードを出し過ぎないように注意する程度の作業となる。そうやって、自分が決めた道順で毎日走っている分には、はたからみて、いかにも運転がへたっぴに見えるわけでもないと思う。だからといって、他の道も同じくらい落ち着いて走れるかと言えば上記の通りいっぺんにやらなきゃいけない作業が多すぎて、一気に落ち着きを失うわけなんだけど。
さて、私が運転しやすいと感じるのは、一番大通りより少し狭い道だけど路線バスが走れるくらいの道。そのくらいの道だと、幅にゆとりがあるし、交差点に信号がある。交差点は信号があったほうが断然通りやすい。進むか止まるかを全部自分で判断しなくても、赤信号の車や人は止まってくれるから。ただし、そうやって道を選べる場所というのは、自分が通ったことのある場所に限られるわけで、当然新しい場所には行けないということになる。
さらにわたしの不安をそそるのは、行った先がどうなっているか行ってみないとわからない要素がある場合だ。たとえば駅の駐車場。当然、自分が止めやすい駐車場があって、必ずそこに止めるわけだけど、行ってみて満車だったら、車が走る速度でその次をどうするかなんて判断できない。並んで待つのは、時間があいまいで耐えられないし、どこをどう走ったら別の駐車場に着けるのか、即座に道順を組み立てられない。それこそ前もって、ここがいっぱいだったらこう走って次の駐車場へ行って、そこも満車だったらどうして・・・とあらかじめ予定を組んであったならできるけど。だから絶対駐車場があいているかどうかわからない場所にはついついバスなどででかけてしまう。駐車場が満車でおろおろするのが嫌だからだ。
仮に新しい駐車場に入るにしても、入り口がどうなって、中はどのように進むようになっていて、出口でどうやって料金を払って出て行くのか、車で行く前に、あらかじめ目で見て回って確認してからでないと不安で入れない。というわけで、行った先がどうなっているかまでの細かい事前調査が必要だ。ちなみにわたしは方向音痴ではない。
そうやって、極力注意力を要するものの数を減らし、不安な要素を減らせばまあなんとか運転はできる。でも、それでいつも大丈夫かといえば、同じ道でも毎日走っているといろんなことがあるもので、うしろからパトカーが走って来ていたら、バックミラーに映ったパトカーに気をとられ、前方不注意になってかえって危ないし、駐車場だって別に他に気になるものがなければどんな場所にでも止められるはずなんだけど、後ろにぴたっと車がついていて、そっちに気をとられてしまえば、初心者以下のハンドルさばきになってしまう。また、青信号で左折したところ、おばあさんがゆっくり横断歩道を歩いているので止まって待っていたら、すっかりおばあさんに意識が移ってしまい、おばあさんが渡り終わってふっと見上げた信号が赤だと、「赤=止まれ?」「わたしは何で赤信号の下にいるの?」と一瞬びっくりする。これは青信号で進んでいることからおばあさんへ注意がいってしまったために、自分が青信号で左折しはじめていたことをすっかり忘れてしまっていたせいだ。
こんな調子なので必要最低限以外は運転しないほうが無難だろうと思い、最近はあまり車に乗らなくなった。
しかしなんだかんだいって、一番緊張するのは、気が散る要素が一気に増える娘を乗っけて運転するときのような気がする。

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