わたしは何かまとまったことをやるときに、最終目標がはっきりしていて、さらに途中の手順が具体的に整って、それらが一本の線にピーンとつながったときに、はじめて動けるようになる。
つまり、自分がこれからやることがわかり、到達点までの見通しが立ったところで行動に移すというわけだ。
たとえば、コンピューターのプログラミングをやっていても、フローチャートをまず考え、こういう処理をやったらきれいに流れるという目処がつくまで、実際のコーディングには一切取り掛からない。その間が他人よりとても長いのだが、流れが決まっていればあとはフローチャートをプログラミング言語に翻訳してあげるだけなので、意外と苦労することなくすーっと流れるプログラムが出来上がる。
どうも、他の人のように、最後までの見通しが立ってないけどとりあえずプログラムを書き始めてみるということができないのだ。
とにかくわたしの行動は
・思い立ったときに思い立ったことをパッとやる
・ほかの事を忘れるくらい何かに没頭している
の2通りくらいしかないので、見通しのないことをはじめてしまうと、終点が見えていないので、思いつきでパカパカ行動をとってしまい、ふっと気付くととんでもない方向へ迷走してしまってる。
見通しがついてはじめて目標にむかってまっしぐらに進めるようになる。
それはそれでいいのだが、世の中の物事の中で
「自分がこれからやることがわかり、到達点までの見通しが立つ」
ものは意外と少ない。そういう場合、わたしはちょっとやってみたいなと思うものでも、やってみたい気分よりも不安感のほうが大きくて、結局やらずに終わってしまうことになる。
そうやって、いろんなことを経験してみる機会を大量に逸している。
どういうわけか、ためしにちょっとやってみるということができないのだ。
だから、「行動を整理して少しでもラクになれるように」という課題にしても、まず、到達点が見えて、全体の見通しが立たないことには自分のやるべきことが、ぼや~んとしてしまう。しかも、とりあえずちょっと何かを試みてみるということもできないから、手の入れようがなくなってしまうわけだ。
p.s. ちなみに、このせいかどうかわからないが、全体がピーンと一本の線にならないWindowsプログラムは私には極端に難しく感じる。あっちのことにもこっちのことにも気を配るのは苦手だし、そもそもどっから手を付けたらいいのかわからなくてぼーっとしてしまう。