幼稚園ではじめてお弁当があった日、かわいいお弁当箱の中に、ふりかけつきのごはんと真ん中にイチゴが3つ、あとはおかず。と、いかにもはじめてのお弁当で気合を入れて作ったって感じに見事に盛り付けしてあったのを覚えている。
そして、わたしはそのお弁当初日、吐き気がして一口かじったものを吐いてしまい、あとは全部残して帰った。
当然、何で食べなかったの?と大騒ぎになる。
次の日も、そしてまた次の日も、お弁当は食べられなかった。
今から思うと、その日からわたしの大格闘がはじまったのだった。吐き気がしてお弁当がぜんぜん食べられない。
あっちこっちの病院をまわって検査しまくったけど、原因もわからず、ただひたすら吐き気がず~~~~っと続いた。
いよいよ、これが精神的なものだとわかると、吐き気がしても
「病気じゃないから」
と幼稚園へ行かされた。
当時は体の病気は病気だけど、心の病気は気のせいとして済まされていた風潮があったので、ただ単に「精神的に弱い」という情けない烙印を押されたような扱いだった。
でもまあ、小学校低学年くらいまで、吐き気がしてた日に全部休んでいたら、出席できる日なんてなかったかもね、とは思うけど、毎日毎日吐き気を我慢しながら幼稚園や学校へ行くだけでもかなり疲労する。
わたしが吐き気で真っ青な顔をしながら学校へ行こうとしているのをよそのお母さんがたまたま見つけて、
「あら、具合が悪いんだったらお休みしなくちゃだめよ」
と心配して家まで連れて帰ってくれた。そんなときは、
「なんで帰ってきたのよ!」と怒られた。
幼稚園のころは、どんどん持っていくお弁当箱が小さくなって、それでも食べられなくって、一番調子が悪い頃はお弁当を持っていかなかった。
で、お弁当の時間になると、先生がお庭で遊んでいていいよって言って、みんながお弁当を食べている間、ひとりでぽつんと園庭で遊んでいた。それはそれでなんだかわびしいものがあった。
小学校の時は、給食室から食べ物の臭いが漂ってきてお昼が近づいてくるとだんだん気分が悪くなってきて、配膳されたときは最悪の状態。
で、これを吐き気がしながらちょっとでも食べようと格闘して、ああ、きょうもやっぱり食べられなかった。と絶望感を感じながら残す。
で、給食の時間が終わってしまうとしゅ~~~っと吐き気がおさまって、今度は空腹との戦いになるわけだ。残してしまった給食がうらめしい。
お弁当や給食は土曜日以外はあったし、食事自体も一日3回あったので、食事の時間が1回終わっても、次から次から食事の時間がやってきて、食事に関しては恐怖感を忘れる暇がなかった。
毎日の大部分、お弁当やら給食やらの恐怖感に支配されて暮らしていたと言ってもいいくらい、私の吐き気との格闘はすざましいものだった。
外食は大学生くらいまでダメだった。
やっぱり吐き気がしちゃって。
わたしのことをある程度知っていてくれている人の中だったらなんとか食べられたけど、ほとんど食事を共にしたことがない慣れない人との食事はまったくダメだった。
一番ひどい頃家族との外出でもダメだったので、自分は何も頼まず親だけ食べてるのをぼーっと見てた。親が「なんか虐待してるみたいに見えるからなんか食べてよ」とか言ってたけど。
このせいで、人付き合いにはかなり影響がでた。
ほら、人付き合いの基本て「お茶しない?」みたいなのがあるでしょ?
そういうのを可能な限りぜ~~~~んぶ断っていたので。
いや、今でも断っている。
この吐き気がなかったらわたしは人生100倍くらい楽して暮らしてこられたかもしれないと思う。
あの弁当が始まった日、自分がお弁当を食べられなかった衝撃は鮮明に残ってる。
あのときまわりの大人がこんなに大騒ぎしなかったら。。。ひょっとすると、食事に対する恐怖感がこんなにも大きなものにはならなかったかもしれないかも、と思わないでもない。