まだ4歳児のこの日のことは今でも鮮明に覚えている。
この日も幼稚園でお弁当が食べられなくってぐずぐずしてしまったのだった。
そうしたら先生が
「気持ち悪くなるのはあなたが気持ち悪くなる、気持ち悪くなるって思うから気持ち悪くなるのよ」
と言った。
今から思えば不安神経症の予期不安のメカニズムについて説明しようとしていたのかもしれないと思うけれど、そんなことを理解するにはまだ幼すぎた。
ただ、わたしはその日まで、お弁当の時間に気持ち悪くなっちゃうこととかは、お医者さんとか誰かが治してくれるんだと思ってた。
それが、先生のこの一言で、
「えっ?おかしいのはわたしのせいなの?」
と、ぽーんと暗闇のなかに放り込まれた気分になった。
そして、これは自分が治さないと治らないもんなんだと幼いながらに思った。
自分が普通振舞ってると変なんだ。
じゃ、いったいわたしはどうしたらいいの?
もう誰にも頼れない。
自分には味方がいない、と思い込み、この日から自分の内面での大格闘がはじまったのだった。
親や先生たちは
「あなたにはちょっと変わってるところがあるけど、それは気にしないで、そのままでいいからね。」
ってさかんに言ってくれていた。
これはどうも当時通っていた病院が森田療法を取り入れているところで、
「ありのままの姿を受け入れる」
というのを伝えたかったのだと思うんだけど、やっぱりそんなことを理解するには幼すぎて、
ただ単に自分は変わってるんだ!
ということばっかりが頭にこびりついてしまった。
今では本人への障害の告知はひとつの大きなイベント?として、どうするべきかあれこれと悩まれているけれど、わたしの場合は、あまりにも無防備に告知されたようなもんだ。
どうしたらいいのかわからない私は、人の顔色を伺っては不安におびえ、親を不安がらせないように細心の注意を払い続けた。
次第に、自分が今まで常識だと思っていたことが世の中では次々と常識ではないらしいことに気付いていった。
「ワタシハ、オベントウヲタベヨウトスルト、キモチガワルクナルケド、ミンナハヘイキナンデスカ?」
「ワタシハ、ヨウチエンハツマラナイケド、ミンナハタノシインデスカ?」
ひとつひとつ気付いて行くたびに、天地がひっくり返って行くようだった。
結局、母親や先生を不機嫌にさせないためには、ありのままの自分の姿を全部抹殺して「いい子」を振舞うしかなかった。
そう決断したまだ4歳の頃以来、自分を捨てて「振舞うこと」が現在まで永遠と続いているわけだ。